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最低賃金アップの価格転嫁を実現!国の指針に基づく4つの行動とは?
今回お伝えしたいポイント1. 労務費の価格転嫁を実現するには、国の指針に沿った受注者の4つの行動が有効です。
2.4つの行動とは、相談窓口の活用、根拠となる公表資料の利用、タイミングを捉えた要請、希望価格の先行提示です。
3.発注者に求められる6つの行動を把握することも、交渉上役に立つでしょう。
10月から最低賃金が改定されました。
全国平均が1,055円になり、前年に比べ51円アップは過去最大の引上げ幅です。
石破首相は、2020年代中に最低賃金を1,500円に引き上げることを表明しており、来年以降も大幅な引き上げが続く見通しです。
賃金の引き上げは従業員の生活を守るため、従業員の離職を防ぐために必要なことと理解しながらも、引上げ分を価格転嫁できるのか、不安を抱いている事業者さんも多いのではないでしょうか。
今回のブログでは、国が公表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(以下、「指針」と記載します)を取り上げます。
指針には、発注者である大企業との価格交渉では、受注者として弱い立場に立つ中小の事業者さんが、価格転嫁を実現するための4つの行動が示されています。
【図表1】 最低賃金(全国平均)の推移
(出典)厚生労働省の公表データより筆者が作成
労務費の価格交渉と価格転嫁の状況
指針について説明する前に、中小企業の労務費上昇分の価格転嫁状況を確認してみましょう。
政府は毎年3月と9月を価格転嫁促進月間と定め、その間、取引の受注者となっている中小企業にアンケート調査を行い、価格交渉と価格転嫁の状況を確認しています。
2024年9月の調査結果によると、7割超の事業者は労務費について交渉できていますが、1割弱は「労務費が上昇し価格交渉を希望したが出来なかった」と回答しています。(図表2)
【図表2】 労務費に関する価格交渉の状況
(出典)中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査結果」
価格転嫁の状況は、「価格転嫁率」で把握されています。
「価格転嫁率」とは、コストの増加額に対して何パーセント価格に転嫁できたかを受注者に問い、その回答を集計した指標です。
労務費の価格転嫁率は2024年9月時点では約45%まで向上しましたが、労務費上昇分の半分も転嫁できていません。(図表3)
【図表3】 コスト要素別の価格転嫁率推移
(出典)中小企業庁「価格交渉月間フォローアップ調査結果」の公表データから筆者が作成
「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
指針は、2023年11月に公正取引委員会と内閣府の連名で発出されました。
国内雇用の70%を占める中小企業が賃上げの原資を確保できるように、労務費の価格転嫁ができる取引環境の整備が、この指針の目的です。
コスト要素別の価格転嫁状況では、労務費の価格転嫁率が低く、その改善を目指す意図があります。
具体的には、価格転嫁を実現するために中小企業等の「受注者が採るべき行動」が4つ示されています。
また、大企業等の「発注者が採るべき行動」も6つ示されています。
※ 本稿では、指針の内容を分かりやすく伝えるために、表現の言い換えをしています。正確な記載は、指針の原文や、国の概要資料をご覧ください。
受注者が採るべき4つの行動
【行動①:相談窓口の活用】
労務費の価格転嫁がこれまで進まなかった理由は、「労務費は固定費であり、その上昇分は自社の生産性や効率性の向上によって吸収すべき問題」との考え方が、発注者だけでなく、受注者にもあった点が上げられます。
価格協議の交渉の仕方について受注者に戸惑いがある場合は、相談窓口に相談し、交渉方法を理解してから発注者と協議することを、行動①は奨めています。
また、価格交渉を有利に進めるためには、原価計算を行い、単位当たりの製品原価、サービス原価を把握しておくことが有益です。
支援機関である「価格転嫁サポート窓口」では、原価計算の相談にも乗ってもらえます。
これらの相談窓口での相談は、いずれも無料です。
≪相談窓口≫
窓口 | 設置場所 |
国(地方経済産業局) | <経済産業局中小企業担当課の一覧へ> |
地方公共団体(産業振興センター等) | <都道府県等の中小企業支援センターの案内ページへ> |
価格転嫁サポート窓口 | 各都道府県の「よろず支援拠点」に設置 <よろず支援拠点の案内ページへ> |
下請かけこみ寺 | 各都道府県に設置 <下請かけこみ寺の案内ページへ> |
商工会議所・商工会 | <全国の商工会議所の案内ページへ> <全国の商工会の案内ページへ> |
【行動②:根拠資料の利用】
価格交渉の過程で、労務費の上昇に関する詳細な資料の提出を発注者から求められた経験をもつ事業者さんもいるのではないでしょうか。
詳細な資料の提出は、自社のコスト構造の開示につながり、逆に発注者から原価低減を求められるリスクもあります。
行動②は、このような発注者の要求に無理に応える必要がないことを示しています。
一方、指針は発注者に対して、受注者に労務費上昇の理由や説明を求めるのであれば、公表された資料を基にするよう要請しています(後述「発注者が採るべき6つの行動」の「行動③」)。
発注者が公表資料での協議を拒み、「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は、独占禁止法違反または下請代金法違反のおそれがある、とも指摘しています。
よって、受注者は安心して、公表された資料を根拠資料に利用できます。
≪利用できる公表資料≫
データ | 資料名 |
都道府県別の最低賃金やその上昇率 | 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」<資料へのリンク> |
春季労使交渉の妥結額やその上昇率 | 連合2024春季生活闘争第7回(最終)回答集計結果 <資料へのリンク> |
公共工事設計労務単価 | 国土交通省「令和6年3月から適用する公共工事設計労務単価」<資料へのリンク> |
一般貨物自動車運送業に係る標準的な運賃 | 国土交通省・全日本トラック協会「一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃」<資料へのリンク> |
賃金指数 | 厚生労働省「毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査):結果の概要」<資料へのリンク> |
【行動③:値上げ要請のタイミング】
労務費の価格転嫁を要請するのに適したタイミングは例えば、以下のとおりです。
・ 定期の価格改定や契約更新に合わせて
・ 最低賃金の引上げ幅の方向性が判明した後
・ 国土交通省が公表している公共工事設計労務単価の改訂後
・ 年に1回の発注者との生産性向上の会議を利用
・ 季節商品の棚替え時の商品のプレゼンの機会を利用
・ 発注者の業務の繁忙期
行動③が示すのは、値上げ要請のタイミング選びが重要だという点です。
一方、発注者は、労務費に関する定期的な協議の場を設けることや(後述「発注者が採るべき6つの行動」の「行動②」)、受注者から労務費の上昇を理由に取引価格の引き上げを求められた場合は、協議に応じることが要請されています(後述「発注者が採るべき6つの行動」の「行動⑤」)。
公正取引委員会の見解によれば、発注者が労務費の上昇分であることを理由に協議を拒み、「明示的に協議することなく取引価格を据え置いた」場合は、独占禁止法等の違反が問われる可能性があるとのことです。
以上から、受注者が価格協議を申し出れば、発注者が応じる環境づくりが為されているといえます。
【行動④:希望価格の提示】
その際、自社の労務費だけなく、自社の取引先やその先の取引先の労務費も考慮すること。
取引上の立場が強い発注者から先に価格を提示されてしまうと、受注者がその価格以上の金額を要請することはおそらく困難です。
行動④は、先に希望価格を提示して、交渉の主導権をとることを奨めています。また、受注者が取引先(外注先など)の労務費上昇分も考慮して、値上げ要請することを求めています。
サプライチェーン全体での価格転嫁の実現を図るのが、発注者に対する指針の要請事項です(後述「発注者が採るべき6つの行動」の「行動④」)。
外注先から労務費の転嫁を求められた受注者が、発注者に取引価格を引上げるために協議を申し出たにも関わらず、発注者が「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は、独占禁止法等の違反のおそれがある、と指針は述べています。
中小企業もまた、発注者として外注先の労務費の価格転嫁に協力する必要があることを忘れてはいけません。
発注者が採るべき6つの行動
発注者が、指針で求められている行動を知ることは、価格転嫁の実現に向け交渉上役立つのではないでしょうか。
受注者が採るべき行動が国の推奨事項であるのに対し、発注者が採るべき行動は国の指導事項といえるでしょう。
発注者であることが多い大企業は、社会からの注目度が高いため、基本的には指針を尊重した対応をしていると予想されます。
発注者が採るべき6つの行動は、以下のとおりです。
【行動①:経営トップの関与】
その後の取り組み状況を定期的に経営トップに報告し、トップが新たな対応策を示すこと。
【行動②:定期的な協議の実施】
特に、協議なく長期間価格が据え置かれている取引や、スポット取引と称して長年同じ価格で更新されている取引では、価格転嫁の協議が必要であること。
【行動③:公表資料の使用】
【行動④:サプライチェーン全体での価格転嫁】
【行動⑤:要請があった場合の協議の実施】
【行動⑥:必要に応じ考え方を提案すること】
さいごに
いかがでしたでしょうか。
今後の経営環境は、物価の上昇や最低賃金の引き上げを受け、価格転嫁の交渉を少なくとも年に1度は実施しなければならない状況が続くと想定されます。
中小の事業者さんには、ご紹介した指針を活用して、必要な価格転嫁と賃上げの原資確保を実現していただきたいと思います。
ただし、発注者との交渉で価格を引き上げるだけでは、受注者に価格以外の魅力がない場合、例えば安価な輸入製品と天秤にかけられ、発注量が減るリスクもあります。
企業が生き残るためには、生産プロセスの効率化や新たな製品や技術の開発など、自社が産み出す付加価値の拡大を図る取り組みが不可欠です。
国は令和6年度補正予算案において、ものづくり補助金など従来の補助金に加えて、新事業進出補助金など新たな補助金を用意し、中小企業支援を強化を計画してします。(現在、国会で審議中)
HKSでは、補助金を活用して付加価値の拡大を目指し、賃上げによる従業員のみなさんへの還元を目指す事業者さんを応援し、支援しています。
今回は以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました。
HKSパートナー、中小企業診断士
ひとこと:HKSブログを通じて、補助金の勘どころを分かりやすくお伝えして参ります!