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補助金の『賃上げ特例』で損をしないために

今回は、「補助金の『賃上げ特例』で損をしないために——代表的な6つの補助金の賃上げ特例について、申請前に知っておくべきポイント——」についてご紹介します。

今回お伝えしたいポイント1.  採択通知は、補助金受給の確定ではない

2.返還義務は元本にとどまらない

3.賃上げの「何を」上げるかは補助金ごとに異なる

4.従業員への表明は、証拠が残る形でなければ認められない

5.地域別最低賃金の発効日は、都道府県によって異なる

はじめに 「賃上げ特例」を申請する前に必ず確認したいこと

補助金の「賃上げ特例」は、一定の賃上げを約束することで補助上限の引き上げや補助率のアップ、加点といった恩恵が受けられる仕組みです。しかし申請の現場では、こんな声が後を絶ちません。

「採択されたのに補助金が一円も出なかった。事業完了時に賃上げ要件を満たしていなかったらしい」
「表明義務って口頭で伝えればいいんですよね?……書面が必要だったとは知らなかった」
「未達で返還したら加算金まで取られた。元本だけじゃないなんて聞いていない」

補助金の賃上げ特例は、経営判断と労務管理の両方にまたがる要件です。しかし実際には、それぞれの専門家が別々に関わることが多く、両方を一体的に見られる機会は限られています。筆者は中小企業診断士と社会保険労務士のダブルライセンスにより、この両方を一人で見る立場にあります。

中小企業診断士として「補助金の経営活用」を、社会保険労務士として「賃金・就業規則の実務」を扱う立場から、申請前に必ず押さえておきたいポイントをコンパクトに解説します。

6つの補助金の賃上げ特例 要件早見表

まず全体像を確認してください。自社が申請する補助金の行を起点に、「賃上げがどの程度必要か」「未達の場合どうなるか」を把握します。

補助金

(最新公募・リンク)

賃上げの位置づけ 主な賃金要件 未達時のペナルティ
デジタル化・AI導入補助金2026(通常枠) 150万円以上:申請要件
150万円未満:加点
※再申請者は要件が異なる
1人あたり年平均+3.5%以上
地域別最賃+30円(150万円以上)
返還+加算金+延滞金
小規模事業者持続化補助金 第19回(通常枠) 賃金引上げ特例
(補助上限+150万円)
事業場内最低賃金:申請時より+50円以上(事業完了時) 補助金不交付
(交付決定後も)
ものづくり補助金 第23次 基本要件(必須) 1人あたり年平均成長率:都道府県別最賃5年平均以上
最低賃金:地域別最賃+30円以上
一部返還(按分)
中小企業省力化投資補助金 第6回(一般型) 基本要件(必須)
大幅賃上げ特例
基本:年平均+3.5%・最低賃金+30円
大幅特例:年平均+6.0%・最低賃金+50円
一部または全部返還(按分)
事業承継・M&A補助金 第14次(事業承継促進枠) 任意特例
(上限800万→1,000万円)
※申請時の意思表明が必須
事業完了時:申請時より+50円以上
計画期間中も水準維持が必要
上乗せ分の不交付・返還
計画期間維持未達→補助金÷計画年数の返還も
新事業進出補助金 第4回 賃上げ要件(必須)
賃上げ特例(上限引上げ)
最賃引上げ特例(補助率引上げ)
基本:年平均+3.5%・最低賃金+30円
賃上げ特例:年平均+6.0%・最低賃金+50円
一部または全部返還(按分)

必須=申請要件 加点=加点項目 特例=任意特例
※ IT導入補助金2022〜2025の交付決定者が再申請する場合は別紙1(p.35–36)の別表が適用され、150万円未満でも給与要件・表明が申請要件となる。

出典(各種補助金の公募要領は要件早見表のリンクに添付しています)
デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(通常枠)p.6–11・別紙1 p.35–36(2026年3月30日版)

持続化補助金 第19回公募要領 p.3・p.8–10(2026年3月6日・第6版)

ものづくり補助金 第23次公募要領 p.14–18(2026年2月6日版)

省力化投資補助金 第6回公募要領 p.9–12(2026年3月版)

事業承継・M&A補助金 第14次公募(2026年2月27日〜)

新事業進出補助金 第4回公募要領 p.14–18・p.51(2026年3月版)

賃金の定義 補助金ごとに『見ている賃金』が違う

「賃上げ特例」と一言でいっても、補助金ごとに判定に使う賃金概念が異なります。同じ賃金台帳を前にしても、どこを計算するかを間違えると誤判断が生じます。3つの類型を整理します。

➀1人あたり給与支給総額「会社全体の平均」  給与支給総額÷従業員数。給料・賃金・賞与・手当を含み、役員報酬・社保料(会社負担)・退職金は除く。中途採用・退職者はその年度を除外可。育休中も除外可。

➁事業場内最低賃金「一番低い人の賃金」  補助事業の実施場所で最も低い時間当たり賃金。地域別最低賃金とは別概念。パート・アルバイト含む全雇用形態が対象。本社ではなく「補助事業実施場所」が判定対象。

③最低賃金近辺層「改定直撃を受ける層」  2024年10月〜2025年9月に地域別最低賃金以上〜改定後未満の層が30%以上の月が3か月以上あれば補助率引上げ特例や加点が適用される。デジタル化・省力化・新事業進出補助金で登場。

▶ 診断士+社労士からの実務コメント

持続化補助金は②のみ。ものづくり・省力化・新事業進出は①②③を組み合わせています。申請する補助金によって「賃金台帳のどこを計算するか」が変わるため、申請前に社労士と一緒に対象補助金の定義に沿った試算を行うことをお勧めします。

見落としやすい2つのポイント

① 「採択=交付」ではない——持続化補助金の不交付リスク

持続化補助金の賃金引上げ特例では、事業完了時に達成できなければ交付決定後であっても補助金は一切交付されません(第19回公募要領 p.9)。機械・広告等の費用を先払いしていても同様です。「採択された=もらえる」ではありません。

また地域別最低賃金の改定は都道府県によって発効日が異なります。実務上は自都道府県の発効日前に申請することで起点を抑えられますが、これは要件構造から導ける推論であり、公募要領の明文ではありません。発効日は毎年厚生労働省の公表情報で確認してください。

出典
持続化補助金 第19回公募要領 p.9「この要件を満たさない場合は、交付決定後であっても補助金の交付は行いません」
地域別最低賃金一覧(厚生労働省)— https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/

② 返還は元本だけではない——加算金・延滞金と18か月の連鎖

デジタル化・AI導入補助金2026では、賃上げ要件未達の場合に補助金の全部または一部の返還に加え、受領日から返還日までの日数に応じた加算金、さらに納付遅延があれば延滞金も発生します(公募要領 p.10–11)。

⚠ 18か月間の連鎖ペナルティ  賃上げ加点を受けたにもかかわらず未達となった場合、効果報告後18か月間、各公募要領に列挙された中小企業庁所管の補助金群への申請で大幅減点されます(令和7年4月時点の列挙例:ものづくり補助金・デジタル化補助金・持続化補助金・事業承継M&A補助金・省力化補助金・事業再構築補助金・GoTech事業等)。1件の未達が事業全体に波及するリスクとして認識してください。

出典
デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(通常枠)p.10–11「補足1:補助金の返還を求める場合」・p.10「減点項目」(2026年3月30日版)

表明義務 『口頭で伝えた』では不十分

各補助金では賃上げ計画を全従業員または従業員代表者・役員に表明することが義務付けられています。表明が確認できない場合は交付決定の取消・補助金全額返還となる制度もあります(新事業進出補助金 第4回公募要領 p.16)。

まず確認すべきは「制度として事務局への提出様式が指定されているか」です。新事業進出補助金・省力化投資補助金は所定様式での提出が必須。事業承継補助金も公式サイトの雛型への記載・提出が前提です。そのうえで、従業員への社内周知は、後から確認できる形で記録を残すことが重要です。実務上は、次の方法が考えられます。

  • 就業規則・賃金規程への明記(実務上の確実性:高い——所轄労働基準監督署への届出書類や改定履歴が、そのまま根拠資料になりやすい方法です。常時10人以上の事業場では届出義務があります。(労働基準法第89条・第90条)。
  • 書面による個別通知・受領サイン(実務上の確実性:高い)——全従業員分の受領確認を残しやすく、パート・アルバイトを含めた周知の証拠として使いやすい方法です。
  • 社内掲示+写真記録(補助的な方法として有効)——日付入り写真を残せますが、これだけでは周知確認として弱くなりやすいため、書面配布と併用するのが安全です。

出典
新事業進出補助金 第4回公募要領 p.15–16・p.51「⑩賃上げ計画の表明書(交付申請時の必須書類)」
省力化投資補助金 第6回公募要領 p.10・p.35「【指定様式】賃金引き下げ計画の表明書」
労働基準法 第89条・第90条・第106条 — https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049

申請前セルフチェックリスト

このチェックリストは、従業員の現在の賃金状況の把握から、最低賃金の発効時期の確認、各種シミュレーション、証拠書類の準備方法、そして最終的な経営判断まで、申請前に確認すべき事項を一覧にしたものです。すべての項目を確認した上で申請の可否を判断してください。なお、各項目の精査にあたっては、中小企業診断士・社会保険労務士への相談をお勧めします。

□ 補助事業実施場所の全従業員(パート含む)の時給換算額を一覧化し、事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額を把握している

□ 自都道府県の地域別最低賃金の発効年月日を確認している(都道府県により発効時期が異なる)

□ 給与支給総額(直近決算)を把握し、計画期間内の成長率目標が達成可能か試算している

□ 賃上げ後の社会保険料増加分を含めた財務シミュレーションを実施している

□ 申請する補助金の「賃上げ計画の表明書」に指定様式があるか確認し、準備している

□ 就業規則・賃金規程の改定または書面配布による全従業員への周知と受領確認が完了(または日程確定)している

□ 未達の場合の返還額・加算金・連鎖ペナルティの影響を試算し、許容できると経営判断している

おわりに 補助金は「攻めの経営」それを支えるのは「守りの労務管理」

今回は「補助金の『賃上げ特例』で損をしないために」についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。賃上げ特例は採択率・補助額を高める強力な手段ですが、計画期間を通じた継続義務と多重のペナルティを伴います。「どの賃金概念を使うか」「表明義務の様式は何か」「最低賃金の発効日はいつか」——これらを事前に把握することが、結果として経営者を守ります。

補助金を活用して設備投資や販路開拓に踏み出すことは、間違いなく前向きな経営判断です。ただし、賃上げ特例はその恩恵を受けるための「条件」であると同時に、達成できなければ補助金そのものを失いかねない「リスク」でもあります。採択の喜びに浮かれることなく、計画期間を通じて要件を維持し続けるための体制を、申請前から整えておくことが重要です。

中小企業診断士として見れば、賃上げを経営計画に組み込むことで採用力・定着率の向上につながり、長期的な競争力の源泉になります。社会保険労務士として見れば、就業規則・賃金規程の整備と労使への周知が伴わない賃上げは、後々のトラブルの種になりかねません。補助金の要件達成と、経営・労務の実態が一致して初めて、本当の意味で「賃上げ特例を活用できた」と言えるのです。なお、本稿は各補助金の公募要領(2026年4月時点)に基づいています。補助金制度は公募回ごとに改訂されます。申請時は必ず最新の1次資料をご確認ください。

なお、HKSでは補助金において、多くの支援実績がございますので、よろしければご相談下さい!

今回は以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました。

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